家に外気を入れてマメに立ち働けば、人間も環境適応能力を失うことはない。エコロジーは待っていて得られるものではなく、勝ち取るものだと思ったらよい。人間の方がその権利を握っている。これが自然児というものの実態であるのかもしれぬ。人間という存在を環境の一部にするということだから無為徒食を慎む。環境に資する生き方をしなければならなくなる。自然児を環境共棲人間と考えれば、欲を絶つのが自然児として最低の条件であろう。しかし欲を絶った時にでも生き続けなければならぬ。これがサンスクリットで言う「劫」である。そこから生き続ける意味が求められてくる。イタリア人のごとくヴェネツィアを守るためでも良いし、人のため、或いは誰かのために生きるでも良い。また、ある種の目的を持った己のためということもありうる。